転校
唐突だが転校はツライ。俺がこんなにひねくれたヒッキーになったのは、
転校が大きく関わってると思います。
小学校の時に、二回転校した。
一回目は3年の途中、2回目は6年になる時だ。
正直、一回目の時はあまり印象に残ってない。
「あぁ転校するのかぁ」と普通に思っていた。
不思議と悲しんだり、友達と別れるのが嫌だった、という記憶が無い。
結局子供でよくわかってなかったんだろうと思う。
学校最後の日の帰りの会で、皆の前で作文を読まされた(笑)
確か、今までありがとうございました的な内容だったと思う。
やっぱり悲しいというよりも、何だか照れくさくて、
ぶっきらぼうにさっさと読んで自分の席に戻った。
そうして僕は生まれてから住んできた関東のとある町を離れ、
日本海側の町に移った。
新しい小学校は生徒数が800人を超える大きな学校だった。
教科書、掃除、給食、文化(じゃんけんとかねw)、初めて聞く方言。
全てが以前と異なる環境に僕は非常に困惑したが、
友達もすぐできて順応していった。
さて僕は、転校してすぐに「初恋」というものをする。
確か運動会の練習の時だったと思うが、
まだ低学年であったので種目の中に、
学年全体で行う「踊り」のようなものがあった。
グラウンドで巨大な輪になって、
行進やら振り付けの練習をしていた時に、
ちょうど向かいの位置に(違うクラス)、かわいい女の子がいた。
一目見て、彼女の事がとても気になるようになった。
幸いにも彼女とは少々仲良くなる事ができて、
ささやかな思い出がいくつかできた。
(ただ、一度も同じクラスにならなかったのが残念だった)
このことはネタになりそうなので(笑)、
また別の機会に改めて書こうと思う。
そんなこんなで友達や環境にも恵まれ、
今思えば人生の絶頂期を、僕は過ごしていくことになる。
当然、当時はそんなことは思わなかったけど毎日とても楽しかった。
しかし幸せは長くは続かなかった。
小学5年の終わりに、父親から「転勤」の話を聞かされた。
本当にショックだった。
今の友達と別れなければならない事もそうだが、
初恋のあの子と離れてしまう事がとても悲しかった。
夜になると毎日布団の中で泣いた。
父親の会社の社長でも神様でも何でもいいから、
転勤を取り消してくれと祈った。
しかし無常にも時間は過ぎていき、
あっという間に楽しかった学校が終わり春休みが来た。
確か最後にクラスでお別れ会をしてもらって、
帰りに仲の良かった友人たちと写真を撮った。
そして失意の春休みの中、
僕はどうにかしてあの子とつながっていたいと思い立ち、
勇気を振り絞って彼女の家に電話をかけ、
引越し先と電話番号を書いた紙を渡しにいった。
こうして僕は、たった2年半でその土地を去り、
人生の絶頂期に終止符を打たれる事となった。
学校が始まっても悲しみを引きずっていたが、
二回目の転校ということで、
すぐに友達もできてまた楽しい日々がくるだろうと、
ちょっと甘く考えていた。
しかし新しい学校はなじめなかった。
全学年のクラスが二つで、
前の学校に比べるととても小さな学校だった。
そして6年になってひょっこりよそからやってきた僕である。
まして、休み時間に一緒に遊んで即友達、という年齢では無い。
「それなり」の生活を送るために、周囲の人間にへつらいながら、
さっさと手ごろな友人を作らなければいけないというのは、
非常に空しかった。
家に帰ると「前」の友達を思い出し、何よりあの子のことを想った。
考えなかった日は一日だってなかった。
そうしてまたいつも、自分は何故こんな状況にあるのかと怒ってもいた。
自分を転校させた「何か」が憎かった。
やり場の無い怒りは、はけ口がないためなかなか消えない。
そして「怒っている」というのはエネルギーがいる。
僕はだんだんと自分の人生に対して「やる気」が無くなってきた。
燃費の悪いエンジンで、持ちうるエネルギーを浪費してしまったのだ。
よく人から「冷静だ」「落ち着いている」と言われた。
もっぱら大人や学校の先生など目上の人からだ。
でもそれは間違っている。と思う。
自分の人生なのに当事者意識に欠けているだけだ。
別にグレたり自暴自棄になったりはしてないけど、
そーんなに頑張れないという状態だ。
そうして僕はだんだんと一人で遊ぶことが好きになった。
友達が全くいなかった訳じゃないが、
ビミョ〜な関係(これは転校したことのある人しかわからないだろう)
の人間と遊ぶのが面倒になってきた。
ほんとはそれをこなしていって、仲良くなっていくのだけれど、
何せ仲の良い友達と毎日楽しく過ごしてきた者が、
突然こんな状態になったんだからしょうがないと思う。
集会などで全員が校歌を歌ってる中で、
わからないから一人口パクしているのも辛かったし、
音楽の時間、クラスの皆が5年の時からやってる合奏の曲を
一人全くリコーダーで吹けないのも辛かった。
最初の転校の時にも経験したようなことなのだけれど、
辛いことが多かった。
そういった意味ではちょっと配慮に欠けていた学校だなぁとも思う。
件の合奏のヤツだって、いきなりドサっと楽譜のプリント渡されて面食らった。
ちなみに僕と同時に転校してきた子がいたんですけど、
登校拒否になったなぁ。そーいや。
この時期に感じた疎外感というか、
一人なんだなっという意識はかなり刷り込まれた。
結局中学、高校もその感じがなかなか抜けなくて、
友達も決して多くはなかったです。
小学校では「授業中におしゃべりが多い」と頻繁に注意されてた人間は、
無口で影の薄い人間に変わっていきました。
転校は多くのものを奪います。
僕には故郷とか地元って呼べるとこ無いんです。形上は言えるけど。
結局自分が知ってる、馴染んでいる土地がどこにもありません。
「ホームタウン」は「桃源郷」と同義です。
幼馴染もいないし、「ガキの頃のからのつきあい」とか、
子供の頃から遊んでもらった、仲の良い友達の兄姉とかもいないし。
(↑これなんかもう憧れっすね)
正直、人間とどうやって付き合ったらいいかよくわかりません。
まぁこれが運命なんでしょうね。孤独に生きろ、と。
たまに「やっぱり地元はいい!」とか「腐れ縁」とか
他人のそういうものに触れた時、死にたくなります。
2004/08/04