20歳になった日
先日、とうとう20歳になった。その一日の記録を書いておこうと思う。――――――――――――――――――――――――――――――
起きた。部屋は冷えていた。昨晩、寝る前に天気予報で確認したとおり、
今日はグッと気温が低く、また雨が降っていた。
目覚まし時計代わりのケータイを握ったまま、
ほんの少し枕に顔をうずめていた。あと数分で二度目のアラームがなる。
それを聞かずに布団からでた。流しに向かい、手を洗って口をゆすいだ。
パンを切らしており、封を空けたそばが半分ほど残っていた。
鍋になみなみと水を汲み火にかけた。部屋へ戻り、テレビをつける。
めざましテレビでアヤパンを確認した。
別段することもなく胡坐をかいてコタツに入る。今朝はやはり寒い。
エアコンをつけた。そろそろ湯も沸いた頃だろうとキッチンへ戻る。
そばをゆで一気に食べた。朝からざるそばを食ってる大学生なんて、
自分くらいだろうと思う。
食事の後片付けを済ませてそれから風呂に入った。
ユニットバスは冷える。実家を出て以来もう何ヶ月も湯に浸かっていない。
風呂から上がって、着替えた。さて20だ。外は雨が降っている。
この日はもう何年も、決まって気分が悪い。
年を重ねるごとに、絶望は増えていくばかりでおもしろくない。
それでも普段は折り合いをつけて生きているのであまり気にならないが、
今日のような日は、自分の人生というものの節目を迎えると共に、
時間の経過をはっきりと認識させられるので気分が悪かった。
家を出る瞬間、ある曲を無性に聴きたくなった。
カバンにMDプレイヤーは入っていない。外は寒かった。
顔を隠すように傘をさす。しばらく歩いて電車通学の学生たちと合流する。
一限はドイツ語だ。校門から敷地内の一番奥にある校舎を目指す。
人がやけに少ない。それにしても冷える。
教室に着くと学生の数はまばらだった。しばらくして教官が入ってきた。
先週に出された課題の答えあわせと、会話文の音読で大半が過ぎた。
最後にまた新たな文法を習った。ドイツ語はフクザツであると思った。
時間を感じさせずにあっという間に授業は終了した。
別にドイツ語は好きではないが、この授業は眠くならないし、退屈しない。
教官が厳しいということもある。ほぼ毎週出される課題をやってこないと、
非常に冷静に責められる。席を立ち、次の授業の教室へ向かった。
いつもは、教室から出てきた生徒で混雑しているが、
今日は前の講義が休講のようで静かだった。
自分の授業が始まるのを待った。
教官が定刻どおりにやってきた。
言葉がたどたどしく、来年で定年だというその教官の授業は非常に退屈だ。
授業は上の空だった。配布されたプリントに沿って、
解説が進められていくわけだが非常にテンポが悪い。
長く外を見た。今日は本当は駅の方まで買い物に行きたかった。
食パンを買いたかった。買い物は一週間に一度しかしない。
駅から少し離れたスーパーに、そば、インスタントラーメン、レトルトの米、
野菜ジュース、卵などを買いに行く。
肉はほとんど口にしない。一ヶ月で500gに満たないだろう。
証明写真も撮りたかった。アルバイトの履歴書用だ。
駅前に写真機があった気がするが、定かでは無い。
この町にすんで8ヶ月になるが、大学とアパートの往復と、
買い物の時の極めて決まった道しか通らないためよく知らない。
しかしそもそも小さい町であり、駅前にほんの少しにぎわいがあるのみで、
周りは住宅だらけだ。人々は車や電車で大きな街へ行くのだろう。
そのせいか歩道が極端に狭く、自転車の利用が困難だ。
実家は田舎で、駅まで2kmあったり、店などもまばらではあったが、
広い歩道を自転車でかっとばせばどこへでも行けたので、
かえって便利だったように感じてしまう。
それでもこの町は、電車で都心へ数百円で行けるのだが。
子供達はどこで自転車を漕ぐのだろう。この付近はバイク屋が目立つ。
育った環境のせいもあるが、電車が苦手だ。嫌いといってもいい。
電車に乗るというだけで、遠く感じる。
実家にいた頃、自転車で20分の駅前のCD屋に行くことは、
全く苦では無かったが、
電車で数分のこの町の隣駅にあるCD屋に行く気にはなれない。
この町にはCD屋が無い。これはひどい問題だった。
やっとの思いで授業が終わった。定刻を5分ほど過ぎていた。
本日の授業はこれで終了である。足早に教室を出る。
校舎を出るとひどく寒かった。雨はまだ降っていて、
大げさではなくガクガク震えるほど自分は寒く感じて、
マフラーが欲しかった。
マフラーもせず(まだほとんどの人がしていないが)
普通に歩いている学生をみて自分は不思議に思った。
買い物に行くことはもう完全にあきらめた。早く家に帰りたい。
こんな時に他県から2時間かけてやってくる学生を、不憫に思う。
それでサークルなどもやっているのだから、ただ関心するばかりだ。
自分はといえば徒歩10分の移動を日々行うのみで、
ほぼ引き篭もりといっていいだろう。
家に着いた。本当に寒い。インスタントラーメンを煮る。
PCの電源を入れてネットを巡回。それからコタツに入って横になった。
部屋は暗い。
いろいろなことを考えた(そのときにコレを書こうと思いついた)。
一通り空しさ、切なさ、寂しさ、悲しさを感じておいた。
改めてこの20年を想う。午前中の気分の悪さはやはり消えていない。
誰かが「若いうちが人生だ」と言った。
そのとおりだと高校生のときに思った。
明日以降を考えてみる。絶望的な、苦笑いだ。
本当には笑わなかったけれど。
この先は自分がどう考えるかわからないが、
今の時点で振り返れば笑って今日を迎える気分には到底ならない。
この先もまた「同じよう」であるのだろうか。
自ら命を断つ人がいるが、自分はそういう気にはならない。
ということはまだ、少なくとも自分から終わる事は無い。
今日という日がこのまま終わる。あとおよそ10時間。
本当はタバコを買って吸ってみようかとも思ったが、
一瞬でくだらないと感じてやめた。そのまま眠ってしまった。
数時間後、起きた。実家の携帯からメールが来ていた。素直に感謝した。
課題をやった。腹が減っている。
何か、普段口にしないようなものでも買っておけばよかったと後悔した。
別にケーキとかではなく、コーラ1.5リットルなんかでいい。
日中からの不快さのほかに、よくわからない焦燥感があった。
しかし今更焦ったところでどうしようもない。
何だかんだで誕生日に固執している自分に気づいて、幼稚だと思った。
生まれてからちょうど20年といったって、それがなんだろう。
それから年金のことをネットで調べた。相変わらずよくわからない。
自分は今から払うつもりではあるが、
結局のところ払った分は返ってくるのか知りたかった。
最も、年金は「扶助」という社会の仕組みであって、
貯金とは違うということは重々承知している。
それでも気になるものは気になるのだ。
まぁ大衆につけこまれるスキを与えてはいけない。
やんならちゃんと支配しろ、そっち側のやつら。
というようなことを考えた。
もう寝ようと思った。気分が悪かった。
――――――――――――――――――――――――――――――
*この日は2004/11/20ではありません。
「COLUMN」の他の文に習い、日付はアップした日です。