大学卒業
いよいよ大学を卒業する。この4年間が長かったか短かったか、よくわからない。長かったといえば長かったと思うほど、いろいろなことをやったし、短かったといえば短いと感じるほど何も無かったような気もする。別にジャニーズ事務所の誰かが卒業したわけでもないので、なんつー話でも無いのだが素人のテキストサイトとして少しだけ書き残そうと思う。
4年前、大学に合格した僕は疲れきっていた。4年間に及ぶ「大学受験」への生活に憔悴し、その上、浪人したくせに目指していた国立大学にも入れず、兎にも角にも「終わった」という実感しか得られなかった。ただ「ちょっと、もう好きに生きたい」という気持ちがあって、親元を離れての一人暮らしにはわくわくしていた。
大学に入る前から、サークルなどに入る気はさらさら無かった。高校での部活動がすっかり嫌になっていたので、特別な情熱なく何かを始めてみるということは避けたかった。唯一、新しい生活が始まるときの儀式として、「デビューできるかな?」という試みは起こしてみた。しかしそれも、クラスでの一発目の飲み会で二次会まで参加したものの全くしっくり来ず、疎外感を感じたので儚く終わった。“欝一番”が吹いた春のこと である。
それからは完全に目標が定まったので、家にひきこもることにした。大学に通ってみると、そのカリキュラムは全く緩いものでとても驚いた。月曜から金曜まで6時間、放課後も土日も部活があって、帰宅後も毎日勉強をしなきゃついていけない高校とは、拘束時間が比べ物にならないほど少なかったのだ。たった一人で大学へ行き、たった一人で授業を受けて、たった一人でさっさと帰ってくる。その後は次の日の朝まで、全くの自由だった。
まず高校時代欲しくてたまらなく、実家を出るにあたってやっと買ったパソコンをいじりたおした。ずっと作りたいと思っていたHPも作った。その現在の姿は、ご覧の通りである。
当時は、毎日、自分の生活の中には自分しかいなくて、全ての事象を素直に受けてそれを楽しんでいたと思う。人を見ることが無かったから、人と比べることもなく、ありのままの生活を幸せに思って暮らしていた。その年の秋にアルバイトを始めるまで、全く安全な檻の中で、半ひきこもり生活を全力で楽しんでいたのだった。
それからの生活はというと、バイトしてお金の力を知り、その欲望を知り、間で葛藤し、檻を出てしまったことで高校時代からの憂鬱の続きが開始され、それが最も悪化し、大学がどんどん適当になっていき、最低限のことをやるようになり、でもなんとか乗り越え、就職と卒業以外は好き放題にやるぞという方針でここまで来た、といった具合だ。
基本的にひきこもりの生活はずーっと変わらず、それまでの人生で最も多く手にしたお金と時間でたくさんの音楽や映画やその他を鑑賞して、いい糧になったと思う。結局人とは全然関わらなかった。
そう、まず友達が一人もできなかった。というのは声を大にして言いたい。もっと具体的に言うと、大学の関係で増えた携帯電話のメモリは、この4年間で2件だけである。普通の人の合コン一回分にも満たないと思う。何の偶然か、この文章を読んでいる人が、今総じてモニターの前でドン引きしているのをしかと感じる。だが私は爽快な気分だ。その二人、一人は男で一人はなんと女子である。男の方は、ある授業でなんとなく知り合った。共通点が少しあったから、大学の半分に満たないちょっとぐらいは一緒に授業を受けたり、昼飯を食ったりした。
一方の女子は確か2年の前期、履修者がめちゃ少ない“ハズレ”の授業をとってしまったおかげで出会った。レポートだかなんだかを少し協力してやるために(といってももちろん授業時間内に限っての話)、番号とアドレスを聞かれた。ただそれ以来しばらく疎遠になっていたのだが、就職が決まらず焦ったていた4年の初夏……みたいな続きは一切無い。その時のみである。
そういう事例をあげるに及ばず、この大学生活は人生の中で最も孤独な4年間だったと言える。アルバイトという仕事を除けば、いや除かなくとも人と話した時間や一緒にいた時間はダントツで少ない。家に居ても家族さえいなかったから、なおのこと。自分がこの時期何をしていたかなんて、ほんと自分以外証言ができず、いくらでも嘘がつけるほどだ。
なんでもかんでも一人で突破してきた、というの実は少し誇らしく思っている。誰にも出席の代返はしてもらわなかったし、誰のノートも見せてもらわなかったし、前年のテストも見なかった。サボったツケは自分で全部払った。当然、親しい教授なんかもいなかったから、よくある話だけど、卒業するのに単位がやばいとかでそのテストすらだめで、その教授の研究室を訪ねていき、頼んだり簡単な再テスト受けて何とか単位を貰う、というような手段は自分には利かないぞといいプレシャーにもなった。
学業に限らずとも、生活全般で誰にも励まされず、褒められず、慰められず、助けられずに、自分で好きな音楽などをガソリンにやっつけてきたのは、我ながら偉いと思う。親の金銭的援助をのぞけば。人に蔑まれたとしても、文句は言われまい。そう思えて、卒業できるので少しは自分を褒めてやりたい。
そして最後に家族と、音楽と映画と、いくつかのものに、密かな感謝と卒業の報告を。
2008/02/03