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縁について

某SNSをやっている。
Web上の招待制コミュニケーションスペース、
ソーシャルネットワーキングサービスというやつだ。
僕もリアルで付き合っている人間から誘われた。
参加してみると、既に始めていた共通の友人・知人が結構いた。
久しぶりに高校の時分の友人と旧交を温めたりしていく中で、
少し考えることがあったので、そのことを書こうと思う。
いや、別に主張だとかそういうことではないし、
オチも無いただのつぶやきなんだけれど。

高校時代、僕はある友人(A君としよう)と共に、
ある女の子(Bさんとしよう)に夢中だった。
それは(少なくとも僕にとっては)恋愛じゃなくて、ファンのような感じだった。
当時、僕とA君とBさんは全員別のクラスで、
野郎二人ともBさんとは面識もなく、
「今日も○○の時間に見たけどBさん可愛かった!」
と言い合うような具合だった。
それが高校2年の頃だったと思う。

当然僕らは次の学年こそは是非Bさんと同じクラスに!と願っていた。
結局クラスは5組あったのだけれど、
3年次のクラス替えで見事A君はBさんと同じクラスになり、
僕は全然屁でもねぇクラスになった。
僕は普通にA君をうらやみ、自分の不運さを呪った。
そしておよそ高校最後の一年、
各種イベントを通じてBさんと仲良くなっていくストーリーを
僕はA君から聞かされ続け、ただうらやましがってるだけだった。
その後も僕は別にBさんと何も関わることもなく、そのまま卒業した。

最近になって僕はSNSでA君と久しぶりに会った。
(ネット上で、だけれど。技術の進歩が早すぎて適切な言葉が無い。)
僕らはお互いに「お友達登録」見たいなものをした。
まぁこれはSNSの機能の一つで、
無理やり普通のWebの事例で言うならば、
交流あるHPの管理人同士が相互リンクを貼るようなものである。
そしてその集積が、自分の「お友達リスト」のようになるのだ。

そこで僕はA君の「お友達リスト」の中にBさんを発見したのだ。
僕がA君とそうであるように、
Bさんがこのリストの中にいても全然おかしくはない。

BさんはA君が書いた日記などにコメントをつけていた。
ブログなんかと同じで、
僕がA君の日記を見に行く時に、それを見ることが出来る。
僕はなんだか変な気持ちになった。

僕とA君がBさんに夢中だった時。
A君がBさんと同じにクラスになって、知り合っていった年。
そして高校を卒業して、
僕の中でA君とBさんの時間は止まっていたところに、この状況だ。
高校を卒業して、一年浪人をして大学2年になった。
これはどういうことか、縁とはどういうことか、
ということを僕はなんだかふと、考えた。

同じスタートラインにいた僕とA君。
A君はBさんと同じクラスになって、僕は違うクラスになった。
そして、具体的な数値を用いれば、およそ4年。
何も説明できそうに無いけれど自分の気持ちを書くならば、
さびしいような悲しいようなものすごくシラけるような、
そんな気持ちがあった。
「シラける」というのはとても合っている。
やはり「シラける」というのは僕の人生のキーワードだ。

僕は今、このSNSを利用するにおいて
自分をとても気持ち悪いと思っている。
Bさんを好きだった(恋愛じゃなくてね)自分がいて、
A君と一緒にBさんについて騒いでた自分がいて、
A君から仲良くなってく様を聞かされていた自分がいて、
A君が書いた日記にBさんがコメントをつけ、それを僕が見ているということ。
(そのSNSは誰が自分のページに来たかがわかる。)
僕はこの状態の自分をとても気持ち悪いと思うのだ。

僕は最近全く友人たちの日記を見にいってない。

2006/02/03

*僕とA君とBさんが三角関係のような感じで、
僕がA君に対して何か悪い気持ちを持っているのでは?と思う人がいたら、
それは違うと言っておきたい。
僕はA君に対してドロドロしたもの何も思っちゃいない。本当に。
あるとすれば単純に可愛い女の子(Bさん)と知り合えてて、
うーらやーますぃー、ということである。

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